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東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)2318号 決定

申請人

安斉力夫

申請人

菊地誠

右両名代理人弁護士

岡村親宜

古川景一

望月浩一郎

山口廣

清水洋

安田耕治

中本源太郎

上栁敏郎

玉木一成

須納瀬学

鎌田正紹

中野麻美

岡田正樹

榎本武光

弓仲忠昭

岡本敬一郎

被申請人

日本国有鉄道

右代表者総裁

杉浦喬也

被申請人

菅野国博

右両名代理人弁護士

加茂善仁

右日本国有鉄道指定代理人

神原敬治

小川登

永島隆

鈴木昇

主文

1  本件仮処分の申請をいずれも却下する。

2  申請費用は、これを二分し、その一を申請人らの負担とし、その余を被申請人らの負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

申請人らは、

「1 申請人らと被申請人日本国有鉄道との間に締結された労働契約において、申請人らがひげをそって旅客、荷物及び貨物の取扱い並びにこれらに付帯する業務、販売及び渉外に関する業務並びに列車の組成情報の処理及び列車の組成準備並びにこれらに付帯する業務を主な職務内容とする営業係の業務につく義務を負わない地位にあることを、仮に定める。

2 被申請人らは、申請人らに対し、自ら又はその職務分掌下にある助役をして、「ひげをそれ」との旨の業務命令を発してはならない。

3 被申請人らは、申請人らに対し、ひげを生やしていることを理由として、営業係の主たる業務である旅客、荷物及び貨物の取扱い並びにこれらに付帯する業務、販売及び渉外に関する業務並びに列車の組成情報の処理及び列車の組成準備並びにこれらに付帯する業務への従事を排除し、清掃業務にのみ従事させること、夏季手当及び年末手当を一〇〇分の五削減すること等の不利益取扱いをしてはならない。

4 被申請人日本国有鉄道が、昭和六一年七月二二日付けをもって申請人らに対してした「上野駅人材活用センター担当に指定する」との配置転換の意思表示の効力を、仮に停止する。

5 被申請人日本国有鉄道が、昭和六〇年九月一二日付けをもって申請人らに対してした「上野要員機動センター営業係勤務を命ずる」との配置転換の意思表示の効力を、仮に停止する。

6 申請費用は、被申請人らの負担とする。」

との裁判を求めた。

被申請人らは、

「1 申請人らの申請をいずれも却下する

2 申請費用は、申請人らの負担とする。」

との裁判を求めた。

第二当裁判所が認定した事実

本件疎明資料、審尋の結果及び当事者間に争いのない事実を総合すれば、次の事実を一応認めることができ、これを覆すに足りる疎明資料はない。

一  当事者

被申請人日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)は、日本国有鉄道法により設立された公法上の法人であり、また、被申請人菅野国博(以下「被申請人菅野」という。)は、国鉄職員であって、昭和六一年二月一四日から上野要員機動センター所長となり、同年七月二二日から上野駅の助役を兼務している者である。

申請人安斉力夫(以下「申請人安斉」という。)は、昭和三九年三月に上野駅臨時雇用員として国鉄に採用され、昭和四〇年一月に職員となり、昭和五〇年九月以降松戸駅営業係として出札改札業務や遺失物取扱業務等に従事していた者である。申請人菊地誠(以下「申請人菊地」という。)は、昭和四二年二月に新宿駅臨時雇用員として国鉄に採用され、同年一〇月に職員となり、昭和五一年三月以降池袋駅営業係として出札改札業務や遺失物取扱業務等に従事していた者である。

二  上野要員機動センターへの配置

上野要員機動センターは、東京北鉄道管理局組織規程に基づき設置された現業機関であって、各種波動業務、欠員等に伴う一時的助勤業務、特別改札業務、通勤運輸対策等の業務の処理に係る計画、運用等を行うものである。昭和六〇年九月一二日付けをもって、申請人安斉は松戸駅営業係から、申請人菊地は池袋駅営業係から、それぞれ上野要員機動センター営業係を命ぜられた。

三  上野要員機動センターにおける紛争

1  申請人安斉は、上野要員機動センターに着任した昭和六〇年九月一七日に、同センターの当時の所長であった嶋田賢太郎や同所の助役から「ひげをそるように、そらなければ助勤に出すことは難しい。」との指示を受けたので、翌日ひげをそり落とした。そして、申請人安斉は、以後、昭和六一年四月末まで同センターから松戸駅特別改札ボックス業務への助勤に出されてこれに従事していた。

申請人安斉は、昭和六一年五月一五日ないし二〇日ころから再び口ひげを生やし始めたところ、同センターの助役らからひげをそるようにいわれ、また、同月二〇日及び二三日には、同センターの所長の被申請人菅野からひげをそるよう命じられたが、これに応じないでいると、助勤から外されて、連日同センター内の営業室、助役室、トイレ、階段、廊下等を清掃することを命じられ、以後引き続きこれに従事していた。

2  申請人菊地は、上野要員機動センターの嶋田所長に着任のあいさつをした際、同人から、口ひげをそるようにいわれたがこれに応じないでいたところ、以後、被申請人菅野が上野要員機動センターに着任した昭和六一年二月までの間、池袋駅へ三日間助勤に行ったこと、昭和六〇年一〇月初旬から同月末ころまでの間に埼京線戸田公園駅での行先案内板手動操作業務に従事したこと及び同年一一月に柏駅で行われた旅客の流動調査に従事したことを除いては、連日、同センター内の清掃業務につくように命じられて、これに従事した。

そして、申請人菊地は、被申請人菅野が所長として着任した昭和六一年二月には、帳票整理業務を命じられ、同月中旬ころと同月末ころに同所長から面談の中で、ひげをそるよう命じられたが、これに応じないでいると、同年三月以降、同センター内の清掃業務に従事することのみを命じられ、以後これに従事していた。

3  国鉄においては、昭和六一年夏季手当から従前の一律支給を改め職員の出勤状況や勤務成績等を考慮して支給額を定めることとし、成績については五パーセントの範囲内で増減を行うこととしたところ、申請人らに対する同年夏季手当はそれぞれ五パーセントの減額がされた。

四  上野駅人材活用センターへの配置

1  国鉄は、合理化が実施される中で膨大な余剰人員が生じることが予想される状況において、昭和六一年七月一日、全国の総局及び管理局の現業機関一〇一〇箇所に、所要を上回る人員(余剰人員)を集中的に配置し、効率的な運用を図る目的で、人材活用センターを設置した。そして、人材活用センターに配置される要員は、余剰人員が膨大なものとなると短期間のローテーションを組んで運用を行っていくことは業務運営上はんさであり、効率的な運用を阻害しかねないため、有効な活用方を図る必要性から、当分の間、通常の人事ローテーションによる継続した安定的な運用に務めるものとされており、その人選の基準は職員の業務能力、勤務成績、勤務態度、適性等を総合的に勘案して行うものとされている。

2  申請人らは、昭和六一年七月二二日付けで、上野駅営業係兼務を命ずる旨の発令及び上野駅人材活用センター担当に指定する旨の担務指定を受け、以後現在に至るまで上野駅人材活用センターで勤務している。

3  上野駅人材活用センターでは、特別改札業務、通勤運輸対策業務と清掃業務を行っており、ここに配置された職員は、各駅からの助勤要請に基づき同センターが毎月あらかじめ定めた勤務割りに従って各駅への助勤に出て、当該助勤先でその現場長からの具体的な指示に従い業務に従事している。同センターにおける勤務割りは同センターの性格上多種多様の作業ダイヤの組み合わせにより編成されているが、申請人らは上野駅人材活用センターに配置されて以降、同年一一月末までは一貫して清掃業務にのみ従事することを命じられ、特別改札業務とか通勤対策業務とかの同センターの他の業務を命じられることはなかった。

五  本件仮処分の申請と審尋の経過

申請人らは、昭和六一年九月五日に本件仮処分の申請をした。被申請人らの代理人は審尋の中において、当初、申請人らに対してひげをそることを命じること、ひげをそらない場合には清掃業務に従事させることは、適法な業務命令である旨主張したが、同年一一月二九日の審尋期日において、「被申請人らは、今後ひげをそれとの業務命令を発しないこととし、その旨を現場に徹底した。被申請人らは、申請人らを、今後ひげを生やしていることを理由として他の職員と仕事上異なった扱いをしない。この点は昭和六一年一一月二五日に発表した一二月分の勤務割りにおいて実施した。」旨言明した。そして、同年一二月分の勤務割りにおいては、申請人らは他の職員と同様に特別改札業務等を行うことを命じられ、現実にも申請人らは他の職員と異なった取扱いはされていない。

第三当裁判所の判断

一  申請の趣旨第一項ないし第三項について

申請人らは、上野要員機動センター及び上野駅人材活用センターにおいて、上司からひげをそるべき旨の業務命令を受け、ひげをそらない限り清掃業務にのみ従事させるという取扱いを受けてきたことが申請人らの人格権に対する侵害行為であるとして、その是正のために申請の趣旨第一項ないし第三項の仮処分を求めている。しかしながら、右に認定したとおり、被申請人らは、現在においては、従前の見解を改め、今後そのような業務命令を発しないこととした旨、及び、ひげを生やしていることを理由として他の職員と異なった扱いをしない旨の言明をし、右言明は既に実行されているのであって、現時点においては仮処分をもって申請人らの救済を図るべき必要性が存在しないものというほかはなく、この点に関する申請人らの申請は、被保全権利について判断するまでもなく、却下すべきものである(なお、申請人らが昭和六一年夏季手当の支給に際して一〇〇分の五の減額を受け、また同年の年末手当においても同様の減額を受けるおそれがあるところから、そのような不利益取扱いの禁止を求めている点については、申請人らが現に国鉄の職員としての地位を有しており毎月所定の給与その他の手当を受けていることが審尋の全趣旨からして明らかであり、右の減額措置の禁止を仮処分により緊急に行うことが特に必要な事情も格別見いだし得ないから、保全の必要性を欠くものとして却下を免れないというべきである。)。これに対して、申請人らは、被申請人らの言明は仮処分決定を回避するための便法にすぎず、また、近々に予定されている国鉄のいわゆる分割民営化に伴う新会社の職員の候補者名簿の作成に際してひげを生やしていたことを不利益と評価する勤務評定がその資料とされ、これがその決定に際して重大な影響を及ぼすから、仮処分においてひげを生やしていることを理由とする不利益取扱いが違法であるとしてその是正を求めることについての保全の必要性が存することは明らかである旨主張している。しかし、被申請人らの言明が申請人らの主張するような便法にすぎないということを認めるに足りる疎明はないし(逆に被申請人らの言明は実行されていることは前記のとおりである。)、また、新会社の職員の候補者名簿の作成についても、申請の趣旨第一項ないし第三項の仮処分決定が発せられたからといって、そのことが直ちに右名簿への登載の決定に法律上当然に何らかの影響を及ぼすものでもないことは明らかであるから、申請人らの主張は失当である。

二  申請の趣旨第四項及び第五項について

申請人らは、ひげを生やしていることを理由として、上野要員機動センターへ配置転換され、また、当局の意思に従ってひげをそらないことについての報復、制裁として、上野駅人材活用センターへ配置されたと主張して、その配置の効力を争っている。しかし、本件の全疎明資料を調べてみても、申請人らがひげを生やしていることやひげをそらないことのみを理由としてその配置が決定されたものと認めるには足りず、申請人らの主張は、その前提を欠き失当であって、申請の趣旨第四項及び第五項については、被保全権利の疎明がないものといわざるを得ず、その申請は理由がない。

第四結論

よって、申請人らの申請はいずれも理由がないのでこれを却下することとし、申請費用の負担について、前記のような本件仮処分の審理の経過を考慮して民事訴訟法八九条、九〇条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 川添利賢 裁判官 星野隆宏)

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